見える、見えないにこだわらない。
こんにちは!ぐらっちです
写真は昨日の夕焼けでしたが、キレイでしたね!
こういう瞬間は沖縄で生活していてよかったなぁと感じます
ところで、タイトルの見える見えないに・・ということですが、
昨日は私の父の命日でした。
仏壇に手を合わせてると、父が亡くなってから生まれた甥が、
だんだんと、落ち着かなくなってきたので・・
おじいちゃんが見てるよ、と注意されると、
「おじぃちゃん、どこから見てるの~?」
って言い返していました。
確かに・・もうジンブン(知恵)が付いてきたのので、
礼儀正しくしなきゃいけないときの場面での注意の仕方は
成長とともに難しくなっていくのかなぁってその光景を見てて思いました。
昔は
「わからない、って思ってるかもしれないけど、
お天道様がちゃんと見てるんだからね!」
って注意されて、ハッとしたものだけど、今は通じないのかもしれない。
でも、見られてるかもしれない、という意識は必要だと思います。
あと、霊感がある方に対しては
見えてうらやましい、って思う方もいるかもしれないけど・・
見えすぎて困る、ってこともあるかもしれません。
ちなみに私は見えません
しかし、第六感的要素はどんな人にも備わっていると思うので、
見える見えないにこだわる必要はないと思います。
本人が気づかないだけで、
そういうメッセージはあちこちで発信されているけど、
本人が気づけるかどうか、ということかもしれません。
気づく方法としては・・自分の心の声を耳を傾けることかな・・
なんて感じます。
たまには静かに寝る前でもいいし、心の声を聞くのもいいかもしれませんね
っということで・・
まだまだ
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